創立135周年記念日を迎えて
学校法人東北学院は、第135回目の創立記念日を迎えた。1886(明治19)年5月に仙台神学校として創設され、その5年後に、神学校に加えて、キリスト教人格教育に基づく普通教育を施す学校として発展し、大学・高等学校・中学校・幼稚園を擁する東北・北海道地区最大の私学に成長した。
(創立記念日には、3人の校祖の肖像画が礼拝堂に掲げられる。右から押川方義初代院長、ウィリアム・ホーイ同副院長、デイヴィッド・シュネーダー第2代院長)
「学都」と呼ばれる仙台において、高等教育機関の設立は、1886年5月の仙台神学校を皮切りに、続々と続いた。すなわち、9月の宮城英和女学校(宮城学院)、10月に同志社の新島襄が設立し、6年後に廃止された東華学校、翌年の1887年4月の東北大学の前身の一端をなす第二高等中学校(旧制二高)である。東京-仙台間の鉄道の開通が1887年12月というから、135年前の当時は産業革命の進展に直面し、高等教育熱が急速に高まり、東北地方の中心都市で、人口7万人の仙台においてこうして高等教育機関が設立されたのである。
コロナ禍の中での、人数限定の催しであるが、本日は、ラーハウザー記念東北学院礼拝堂において開催された創立135周年感謝祈祷会において、「東北学院の礎-横浜バンドとアメリカ・ドイツ改革派の出会い」という奨励をし、創立135周年記念式に出席し、その後は、北山にあるキリスト教墓地に赴いて、創立者の墓前に祈りと感謝のうちに花を手向けてきた。
(記念式では、勤続25年目の教職員が永年勤続者として表彰された。法人役員との記念撮影)
奨励において、横浜バンド出身の日本人牧師押川方義先生が、どのようにして、アメリカ合衆国ペンシルバニア州ランカスター市の神学校を卒業して来日したアメリカ・ドイツ改革教会派遣宣教師ウィリアム・ホーイ先生と出会い、仙台に神学校を創設することになったか、その経緯を話したが、2人の創立者たちの信仰的、教育的情熱抜きには、東北学院の礎は語れないのである。
(校祖の一人押川方義先生の墓前に献花する原田善教理事長)
私たちは現在、感染症の拡大、地球温暖化、DX教育の導入、個人の尊厳と多様性の平和的共存、地域の発展など、教育・研究を通じて解決しなければならない多くの課題に直面し、そのための教学改革の必要性に迫られている。原点に立ち返り、東北学院のミッションに改めて想いを馳せることができた1日であった。