「義男(ギダン)さんと憲法誕生」(3)

鈴木義男については、NHKの番組制作班の取材力もさることながら、東北学院普通科の卒業生ということで、本学の教授陣が長年にわたり研究を続け、シンポジュウムを重ねてきました。番組にも登場しましたが、国家賠償請求権と刑事補償請求権の問題については、田中輝和本学法学部名誉教授、帝国憲法改正案特別委員小委員会議事録の詳細な解読については、仁昌寺正一経済学部名誉教授が長年に亘って研究に従事してきました。

仁昌寺名誉教授は、小委員会において短期間のうちに鈴木があれだけの成果を残すことができたのは、軍事教練批判により鈴木が東北帝国大学法学部教授の地位を追われ、戦前戦中に弁護士として活動した経験と深く関係していることに注目しています。鈴木は人権派弁護士として、河上肇、宇野弘蔵、宮本百合子、鈴木茂三郎、有澤廣己、ホーリネス教団の牧師、植民地朝鮮の近代小説家李光珠(イ・グァンス)たちの学問の自由、思想・信条の自由を擁護しました。仁昌寺名誉教授によれば、鈴木の人格と思想の根底をなす基盤には、プロテスタント教会の牧師の息子として、13歳の時に当時のシュネーダー院長を慕って東北学院普通科に入学し、18歳で第二高等学校に進むまで、東北学院で学んだキリスト教の影響があるといいます。

この番組では、本学の礼拝風景が映しだされると同時に、女優志賀暁子の堕胎事件において鈴木が用いた聖書の言葉は、とくに欲望をもった人間の真理を抉り出していたのではないでしょうか。妻子ある映画監督との間に私生児を宿し、中絶せざるをえなかった暁子に対して、のちに検事総長となる井本台吉検事が「たとえ私生児を身籠ったとしても生み育てるのが女性として当然である」とその罪を咎めました。

  (ラーハウザー記念東北学院礼拝堂)

それに対して、暁子の代理人である鈴木は、女性の過失ばかりが責められ、相手の男性には何の咎めもないことの理不尽さを鮮明にするために、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(ヨハネによる福音書8章7節)というイエスの言葉に訴えて情状酌量を求めたのです。むろん鈴木には私通を肯定する気持ちはなかったでしょうが、弱い立場の者に罪を負わすことで、自らの罪を免れようとする人間の罪深さを、男女の枠を超えてより深い次元で明らかにしたのです。東北学院時代に受けたキリスト教教育は、人間に対するより深い洞察を卒業生の鈴木義男に与えたといえましようか。

最後に、鈴木義男の孫で、「ギダンさん」の面影をどこか留める歴史学者油井大三郎東京大学・一橋大学名誉教授が身内の立場を超えて語りかける適切なコメント、「チコちゃんに叱られる」で名演技を見せ、今回も正義という一点だけを見つめながら発言する鈴木義男を演じてくれた鶴見辰吾氏、芦田均の語り方に真偽のほどを超えて似ていると思われる演技を見せてくれた斎藤洋介氏など、久しぶりに観る側を楽しませてくれる好番組でした。